裁判員制度は是か非か

ゆりが丘学習塾 (2009年5月21日)

■一般の国民が刑事裁判に参加する裁判員制度が、始まりました。国民に詳しい説明がある訳でもなく、国民の賛否を問うこともなく、始まってしまいました。

■裁判員制度に対しては、特に反対という訳ではないのですが、実行する前に国民に充分な説明と理解を得る必要があると思います。国民のほとんどは、戸惑っているというのが本音でしょう。自分に裁判員が出来るのか?というのも分かるような気がします。

■裁判官だって人間です。良心に従って公平な裁判を行なわなければならないことになっていますが、裁判官も判決を下す時は、不安なのではないかと思われます。自分の意見というよりも、過去の判例を重視し、過去の判例から、はみ出さないように如何に無難に判決を下すかに神経を使っているのではないかと推定されます。

■裁判官になるための司法試験に合格するには、知識と作業能力だけあればいいようです。司法試験の合格の条件には人間性は全くといっていいくらい関係ないのです。実社会の経験も必要ありません。となると、裁判官の判決の判断手段は、ほとんど過去の判例に頼らざるをえなくなってしまうのは当然なのではないでしょうか。

■裁判員制度の前に、裁判官の登用の仕方つまり司法試験の合格方法を変え、司法制度自体を見直し、裁判官達が初心に返ってみないと裁判の質は変わらないような気がします。法曹界(裁判官、検察官、弁護士)は、国民やマスコミにたたかれ、困っているというのが現状なのではないでしょうか。法曹界の改革が必要になっているのだと思います。裁判員制度の導入くらいでは、法曹界の改善にはならないような気がします。

■裁判官も判決を下すのに苦しいのは分かりますが、それを覚悟の上で裁判官になったのでしょう。国民の代表であるというプライドや自信を持ってほしいと思います。だから司法試験に合格するだけではなく、人間性も人一倍磨いて欲しいと思います。人間を裁くのですから、それくらい当然だと思います。

■裁判員制度が、民意を反映させることを理由にして、裁判官達の逃げ場や口実に使われるのでは問題だと思います。